城下町、軍都を経て、平和の祈りのまちへ。
広島に込められた思い。

広島のまちについて聞かれれば、戦争で壊滅的な被害を受け、新しくつくられたイメージがあります。しかし、そのまちづくりの基礎は江戸時代にありました。毛利輝元により1589年に広島城の築城が始まる以前は、このあたりは太田川が土砂を運んでできた三角州で人が住めない地域でした。軟弱な地盤を整備して城下町が形成され、発展。廃藩置県により、広島城が政治・経済の中心としての役割を終えると、城内には軍事施設が置かれました。そして1945年の原爆投下。町の中心地から直径4㎞ぐらいまでさえぎるものがないほど破壊されました。その中で国が予算を投入してまちを復興。平和記念公園をつくるという趣旨に多くの人が賛同し、協力しました。

まちの様子は大きく変化しましたが、江戸時代の名残や被爆の痕跡は今も数多く残っています。戦争中は延焼防止のための防火帯として利用された用地を活用して、戦後に整備された平和大通り。太田川には江戸時代の雁木が残っています。原爆投下の目標とされた相生橋の被爆の痕跡を残す親柱や、被爆樹木もあります。まちを歩けば、昔も今も、そして未来に向けて、快適で安全、平和なまちづくりが行われていることに改めて気づかされます。

被爆樹木
青少年センターの西側の本川沿いに残る被爆樹木。爆心地からわずか370mで被爆し、幹のほとんどが焼けたが、残った根元から芽が出てここまで成長した。
相生橋
平和記念公園の北の入口にある全国的にも珍しいT字型の橋。原爆の衝撃波で橋桁は変形、欄干は川に落ち、歩道の一部が持ち上がった。その痕跡を残す親柱が橋のたもとにある。
西国街道
毛利輝元は水運を重視し、西国街道は城下町の北側を迂回していたが、その後入城した福島正則によってメインストリートとして城下中心部に引き入れられ、陸上交通が発達。
平和大通り
別称「100メートル道路」と呼ばれ、道路幅が100メートルある。世界各地から寄贈された木によって緑豊かで、平和を記念する彫刻・記念碑がある平和の象徴となっている。

平和記念公園
~慰霊碑を前に平和への祈りを込める~

平和記念公園は、原爆死没者の慰霊と世界恒久平和を祈ってつくられた都市公園。園内には原爆ドーム、広島平和記念資料館、平和の願いを込めて設置されたモニュメントなどがたくさんある。アーチ型の慰霊碑の向こうに一直線に原爆ドームが見える。
原爆の子の像
被爆し、最後まで回復を願い、鶴を折り続けた佐々木禎子さん(当時12歳)。折り鶴に込められたその願いを込めて碑が立てられた。世界各地から集まる折り鶴も捧げられている。

ボランティアガイド

広島の歴史やまちについて、わかりやすく案内してくれる。普通に見ているだけでは気づかないことも教えてもらえるので、ぜひ案内してもらおう。事前の予約要。

広島市観光ボランティアガイド協会
住所/広島市中区基町5-61 広島市青少年センター内
TEL/082-222-5577
営業時間/[受付事務]10:00~16:00 [観光案内]9:00~17:00
定休日/受付事務定休日は日・火・祝日・祝日の翌日(その日が火曜日の場合は直近の平日)、観光案内は受付事務定休日にかかわらず行います。
平和記念式典開催日(8/6)、お盆(8/13~15)、年末年始(12/27~1/3)は受付事務、観光案内とも休み。
料金/ガイド交通費及び協会運営費としてガイド一人につき1,500円を負担

2019年4月リニューアルオープン!
広島平和記念資料館

被爆資料や遺品、被爆の惨状を示す写真や資料などを収集・展示。広島の被爆前後の歩みについて知ることができる。4月25日にリニューアルオープンし、よりわかりやすい展示となる。

住所/広島市中区中島町1-2
TEL/082-241-4004
営業時間/3~7月/8:30~18:00、8月/8:30~19:00(8/5、6は20:00まで)、9~11月/8:30~18:00、12~2月/8:30~17:00
休館日/12/30、31 ※情報資料室は12/29~1/1まで閉室
料金/大人(大学生以上)200円、高校生100円、中学生以下無料

KEYWORD

  • 環瀬戸内海地域交流促進協議会の取り組み

PageTop