農業、うどん店、創作料理店。香川県丸亀市に移住後、次々と仕事を変えることになった吉田大夢さん。
共に店を切り盛りする妻と目指すのは愛される店づくり。
吉田大夢(ひろむ)さん、麗愛(れな)さん夫妻が営む「弥栄」は、丸亀市役所の目の前にある。千葉県出身の大夢さんと、北海道出身の麗愛さんが知り合ったのは、大夢さんが仲間と共に起業した東京のアパレル会社。やがてふたりは交際を始めるが、忙しさのあまり体調を崩した大夢さんは大きな決断をする。同郷の友人と丸亀市出身の友人と共に、香川県で農業を営むことにしたのだ。「友人の親戚が観音寺市で農業をしており、後継者がいないことから3人で引き継ごうという話になったんです」。
しかし、農業を始めてすぐに、丸亀市出身の友人は東京に帰ると言い出した。そのまま続けたかった大夢さんだが、仲間から血縁者が抜けたことで居づらくなってしまい、残った友人と共に丸亀市でうどん店を始めることに。「後継者を探している店主さんがいるという話を聞いたのがきっかけ。香川に住むようになり、本場のうどんの美味しさに惹かれていたのも理由です」と振り返る。前の店主の指導を受けた大夢さんは、友人と一緒にうどん店の経営に挑戦した。
大夢さんは、学生時代やアパレルで起業する前、イタリアンレストランで働いていた経験があり、調理も接客も大好き。農業を志したのも「食に関わる仕事をしたい」と思ったためだ。回り道はしたが、2023年12月にうどん店を開業し、「さあここから頑張るぞ」と思った矢先、友人が「東京に帰る」と言い出した。開店してすぐの店をどうしたら良いのか…。心が折れそうになった大夢さんを支えてくれたのは、結婚したばかりの妻の麗愛さん。大夢さんと遠距離恋愛中にフレンチレストランで腕を磨き、カフェの立ち上げなど飲食店経営の経験を積んでいた彼女が、共に店を切り盛りしてくれることとなったのだ。当初はフレンチやイタリアンのテイストを取り入れた昼営業のうどん店、やがて「もっと深くお客さまとコミュニケーションしたい」と夜営業の創作料理の店へ業態を変更。地元の食材をアレンジした創作料理やスイーツを目当てに、客足は順調に伸びているが、「まだまだ手探り」とふたりは謙遜する。
「妻の存在はもちろんですが、丸亀市の人のあたたかさ、やさしさも、どん底の僕を奮い立たせてくれた理由」と大夢さん。地元の人たちは、途方にくれる彼を物心両面で支えてくれた。うどん店から現在の店へと改装する際には、手弁当で多くの人が手伝いに来てくれたとか。「今も店が暇な時には、『ひろにぃ、ガラガラやないか』と言いながら、人を呼んでくれることもよくあります」と話す。
「『四国に住みたい』『香川に住みたい』と思っていたわけではなく、気がついたらここにいたというのが正直なところ。ただ、香川県に来てから、とにかく人に恵まれていて、この選択は間違っていませんでした。助けてくれた人たちに恩返しをしたいと常に思っています」と大夢さん。今や料理のほとんどを担当している麗愛さんは「瀬戸内は食材が豊富で、どれも美味しい!」とにっこり。産直市場や道の駅を巡るのが楽しみで、休日には徳島県や高知県まで足を延ばすこともあるそう。出先で見つけた食材で新たな料理を思いつくこともあるようだ。また、瀬戸内海の島々を巡るのも趣味だそうで、猫の島として知られる佐柳(さなぎ)島など、近隣の島巡りでリフレッシュしている。
丸亀市は、現存十二天守の一つに数えられる丸亀城や丸亀市猪熊源一郎現代美術館などの観光資源があるものの、夜営業の飲食店は軒数が限られている。「『弥栄』は、丸亀を訪れた人に、美味しいものを楽しんでもらう場所にしたい。そして、自営業や移住者の仲間たちと、このまちに賑わいを生み出したい」と意気込む吉田夫妻。近年は、彼らと同じように丸亀市へ移住して起業する人も増えており、仲間たちと連携してイベントを開催することもある。
屋号の「弥栄」は、「繁栄を祈る」という意味がある。縁あってこの地にやってきたことに感謝しつつ、「これからもお店に来てくれた人を笑顔にしたい」とふたりは願う。
瀬戸内海で水揚げされた魚介類、温暖な香川県で栽培された野菜や果物を使い、ジャンルにとらわれない創作料理を提供。「自分たちが美味しいと思えるものを誠実につくっていきたい」と話す吉田夫妻。地元民からも愛される店へと育っている。また、時折気まぐれで打つうどんの美味しさにも定評あり。イレギュラーな提供となるので、インスタグラムなどでぜひチェックを。
弥栄
住所/香川県丸亀市通町82
TEL/090-6126-0840
定休日/火・水曜
営業時間/18:00〜23:00